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福岡地方裁判所 昭和47年(行ウ)6号 判決 1978年2月28日

原告 中野公雄 ほか二名

被告 北九州市

訴訟代理人 泉博 吉崎静夫 ほか七名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨(原告ら)

1  原被告間の雇用関係における原告らの勤務時間は別表(一)のとおりであることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の答弁(被告)

原告らの訴えをいずれも却下する。

三  請求の趣旨に対する答弁(被告)

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因(原告ら)

1  原告らは被告に勤務する職員(いずれも自動車運転手)であり、原告中野は門司区役所車輌係、同石井は被告清掃局八幡東清掃事務所に所属している。

2  原被告間の雇用契約に基づく原告らの勤務時間は北九州市労務職員就業規則(昭和三九年五月二五日規則第九六号)第一一条二項により別表(一)のとおりである。

3  ところで被告は右の勤務時間を守ろうとしないので、原告らは被告に対し、原告らの勤務時間が別表(一)のとおりであることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否(被告)

1  同1の事実は認める。但し、原告中野の所属は建設局門司建設事務所失業対策課である。

2  同2の事実は原告ら主張の就業規則の条項により原告石井についてその主張の如き勤務時間の定めが適用されていた事実は認めるが、その余は否認する。なお、当時右条項により原告中野については、別表(二)の如き勤務時間の定めが適用されていた。更に原告らは自動車運転手として被告に任用されたものであつて、被告の特定の職場での特定の勤務時間のみが原告らの不変の勤務時間として限定されていたものではなく、別表(一)あるいは(二)の勤務時間が被告との間に特約されていたものではない。

3  同3の確認の利益を争う。

三  抗弁(被告)

(本案前の抗弁)

1 原告石井のばあいは週実働四二時間の勤務時間の確認を求めているが、同人の現在の勤務時間は後記の如き就業規則の改正により、それより少ない週実働四一時間となつている。よつて同原告には確認の利益がないので、その訴えは却下されるべきである。

(本案前及び本案上の抗弁)

3 被告は昭和三八年二月一〇日、門司・小倉・八幡・戸畑・若松の旧五市合併により発足したが、新市発足当時の職員の勤務条件は、旧五市のそれぞれ異なつたものがそのままの形で新市に持ち込まれた。

ところで原告中野は昭和二九年五月一日旧門司市に、また原告石井は昭和二七年四月一日旧八幡市にそれぞれ自動車運転手として任用された。

そこで右合併当時、原告らの身分は旧市からいずれも被告に引継がれて新たに被告の自動車運転手として任用され、原告中野は門司区管財課に、原告石井は八幡区清掃事務所に配属が決まつた。そして原告らの勤務時間は、配属先の勤務場所に定められていた旧市のときの勤務時間がそのまま原告らの被告における勤務時間となつたため、具体的には別表(二)のとおりの勤務時間になつた。

以上の如く、被告発足当時における原告ら単純な労務に従事する職員(以下「労務職員」という)の勤務時間は配属先の勤務場所区によつてバラバラという不統一なものであり、原告ら主張の前記昭和三九年五月二五日施行の北九州市労務職員就業規則(以下「改正前規則」という)によつても右の不統一は是正されなかつた(以下、原告らの別表(二)の勤務時間を「改正前勤務時間」という)が、その後の数次にわたる改正によつてその不統一も逐次是正されるに至つた。即ち、

(一) 昭和四三年三月三〇日改正(以下「昭和四三年改正」ともいう)

各区ごとにまちまちであつた勤務時間を週実働四一時間と同四八時間の二つに統一した。これによつて原告らの勤務時間は別表(三)のとおりとなつた。

(二) 昭和四七年三月三〇日改正

標準的勤務時間-週実働四一時間-の割振りと休憩時間を改正した。

(三) 昭和四九年八月二四日改正(以下「昭和四九年改正」ともいう)

清掃関係職員の勤務時間の割振りと休憩時間を改正し、土曜半どん制にした。これによつて原告石井の勤務時間は別表(四)のとおりとなつた。

(四) 昭和五一年三月二九日改正(以下「昭和五一年改正」ともいう)

失業対策事業に従事する職員の勤務時間を改正した。これによつて原告中野の勤務時間は別表(四)のとおりとなつた。

以上のとおり原告らの勤務時間は順次変更してきているわけであるが、原告らの本件訴えは改正前勤務時間、即ち別表(一)または(二)(同(一)、(二)の相違点は原告中野における始業、終業の時刻のみ)の勤務時間を現在の原告らの勤務時間として確認を求めるというものである。これは前記(一)、(三)及び(四)の各改正後の就業規則が違法、無効と確定されなければ原告らの訴えが理由あるものとして認められないところ、原告らは(一)の昭和四三年改正の無効のみを主張するものであるから、(三)及び(四)の各改正の違法、無効を主張しない点において主張自体失当である。

また右の(三)、(四)の昭和四九年改正及び同五一年改正については、原告らの所属する自治労北九州市役所労働組合(以下「市労」という)と被告当局との間で合意が成立し労働協約が締結されているので、その意味で原告らには確認の利益がないものと言い得るほかさらに、右の如き経過を辿つた両改正は有効にして別表(四)の勤務時間(以下「現行勤務時間」ともいう)こそが原告らの現在の勤務時間とされているものであるから、この点からしても別表(一)の勤務時間の確認を求める原告らの本件訴えは主張自体失当というべきである。

さらに原告らの本件訴えの真意が、標準的勤務時間を週実働三八時間として諸手当(時間差手当、超過勤務手当)を計算し、その計算方法による支払いを求める点にあつたとしても、それは給付請求によるべきもので、そのために本件訴えの確認の利益が付与されるものではない。

以上、いずれの理由によつても、原告らの本訴請求は訴訟要件を欠くものとして却下を免れない。

3 仮りに、そうでないとしても、原告らの主張の根拠となつている改正前規則は前述の如くその後の改正によつて変更され、効力を有しないもので、その勤務時間の定めも適法有効に変更されているから本請求は理由がなく棄却せらるべきものである。更に、原告らは昭和四三年改正の以降、本訴提起に至る約三年八月の間、改正後の規則に定める勤務時間について何ら異議をも述べず、それに従つて勤務しており、その間原告らはその勤務時間に対応する給与の支給を受け時間外勤務命令に従うなど、勤務時間の改正ならびにこれに伴う措置について、これを不服とする何らの法的手段も講じていない。

労使関係の法的安定は労使双方にとつて極めて緊要であり、労使間の法的紛争の早期解明は使用者の経営秩序のためにも、労働者の生活安定のためにも要請されるところであつて、このことは労働組合法二七条二項、労働基準法一一四条、同一一五条、地方公務員法四九条などに規定されている不服申立期間や時効期間等の定めからもうかがわれる。とくに、公務員労働関係における法的安定性と法的紛争の早期解明の要請は、被告の地方公共団体としての使命から、一層強いものがあるといわざるをえない。

よつて原告らの本件訴えは、市における労使関係の安定性を敢えて害さんとするものであり、しかも前記の如く勤務時間の変更についての就業規則改正に関して労働組合(市労)との間に合意が成立し労働協約が締結された後にも訴えを取下げず尚お改正前勤務時間の確認を求め続けていることは、労働関係上の権利の行使としてはもとより、訴権の行使としても余りにも恣意的であり、著しく信義則に反し権利の濫用といわざるをえない。

また仮に原告らの主張する改正前勤務時間が認容されたとしても、その勤務時間に対応する給料、その他の勤務条件は被告には存在しないから、現行の就業規則等をさらに改訂し原告ら両名についてのみ適用を除外するなどの特例を定めねばならない。さらに、単に勤務時間に関する定めのみならず、給与に関する定めもなんらかの変更を加えざるをえない。加えて、原告らについて特別の定めをしたとしても、他の職員の勤務条件との間に著しく均衡を失して不公平となり、集団的労働関係における統一性、画一性を害することになる。

かくて人事行政、労働管理の現実問題として、原告らを改正前勤務時間のままその勤務条件で受け入れることのできる職場は被告には存在しない。

4 よつて原告らの本訴請求は、確認の利益を欠くものとして却下ないしは理由がなく、更には信義則違反、権利の濫用にあたるものとして棄却されるべきである。

四  抗弁に対する認否及び反論(原告ら)

(本案前の抗弁に対する反論)

1 昭和四三年改正により原告石井の勤務時間は週実働四二時間から週実働四一時間と週一時間短縮されることにはなつたが、これによつて同原告の労働条件が利益に変更されたと単純にいうことはできず、むしろ不利益に変更されたものといわざるを得ない(詳細は「再抗弁」五の1(二)を参照)。即ち、第一に、超過勤務手当をみると、原告石井が週実働四二時間を超えて労働した場合には、改正前勤務時間における標準的勤務時間である三八時間を基礎にして右手当が支給されていたが、昭和四三年改正後は週実働四一時間がその基礎とされるに至つたため、超過勤務手当が減額されることとなり、単位労働時間あたりの労働力の価格が低下させられるに至つた。第二に、原告石井の週実働四二時間の改正前勤務時間は、実質的には四時間の超過勤務であることから(改正前勤務時間における標準的勤務時間は週実働三八時間であつたため、週実働四二時間が勤務時間とされていた同原告の右三八時間を超過する四時間分は、実質的には超過勤務となる)、時間差手当が支給されていたのが、昭和四三年改正によつて勤務時間が標準的勤務時間と同一とされたことにより右時間差手当が全く支給されなくなつた。

以上のとおり、原告石井の勤務時間は外形的には週実働一時間だけ短縮されながら、実質的には経済的な労働条件の不利益変更を伴うものであり、同原告に本件訴えの確認の利益がないなどということはできない。

(本案前及び本案上の抗弁に対する認否、反論)

2(一) 原告らの被告における昭和四三年改正までの改正前勤務時間が別表(二)のとおりであつたこと、昭和四三年改正、昭和四九年改正及び昭和五一年改正の各内容が被告主張のとおりであつたことは認める。

(二) 被告は、原告らは昭和四三年改正の無効を主張するのみで昭和四九年改正及び昭和五一年改正の無効を主張しないのは主張自体失当である旨いうが、昭和四九年改正及び昭和五一年改正後の原告らの勤務時間は改正前勤務時間よりも不利益な労働条件であつて、原告らは当然右両改正の無効をも主張するものである。

また被告は、原告らの所属する市労が昭和四九年改正、昭和五一年改正について被告と合意(労働協約の締結)をしているから、同原告らの改正前勤務時間の確認を求める本件訴えは確認の利益を欠くか又は主張自体失当である旨主張するが、右各改正に際して市労は、労働組合としてはこれに同意するものではないが、当面の措置として一応の実施に合意するとの留保付きで被告との間に労働協約を締結したにすぎないのであつて、右各改正を追認していたわけではない。

よつて主張自体失当あるいは確認の利益の欠缺をいう被告の主張は理由がない。

3(一) 原告らの本件提起が昭和四三年改正時から約三年八月経過していること、その間原告らが昭和四三年改正後の勤務時間に従つて勤務してきたことは認める。

(二) 被告の権利濫用の主張について

原告らは昭和四三年改正後の勤務時間に従つて勤務してきたが、これは原告らが右改正後の勤務時間に反する行動をとつたばあい、被告によつて懲戒処分されるおそれがあつたからであつて、原告らに右改正に異議がなかつたためではない。そればかりか、原告らの所属する市労は右改正について一貫して反対の立場をとつていたのであり、改正前勤務時間の変更が無効である旨の確認訴訟を提起することをいちはやく決定していた。この場合、労働条件の不利益変更の影響をうける経済的弱者の立場にある労働者が、団結して問題を解決することが本来的な姿であるはずである。もし現行民事訴訟上、労働組合が任意的訴訟担当を行うことができれば右問題は解決するが、労働条件の変更は就業規則によつてなされたという点においては集団的性格をもちながらも、労働条件の変更による法律的影響をうけるものは個々の労働者に還元されてしまうため、訴訟担当という方法を採用することはできない。つまり集団的性格と個別的性格が交錯する労働条件の変更をめぐつての紛争を解決するための法的手段が、民事訴訟法上確保されていないとの現行法の不備のために、原告らが所属する市労が裁判の当事者となることができないのである。そこで市労としては前記目的を達成するため当時組合役員であつた者を原告として、本件改正前勤務時間の変更の効力を争う訴訟を提起したものである。

右訴訟は福岡地裁昭和四三年(行ウ)第九四号(原告下原広志他一名)として提訴されたが被告を誤つた訴えだつたので取下げられ、右同地裁昭和四四年(行ウ)第四三号(原告右同)が提訴されたが、裁判途中原告らが被告市議会議員になるなど被告職員の身分を喪失して訴えの利益を欠くに至つたため、右訴えが更に取下げられて本件訴訟が提起されるに至つたものである。

以上の経過にかんがみれば、被告の前記主張は失当というほかない。

被告の法的安定性欠缺の主張について

本訴請求が認容されれば法律関係が混乱すると被告は主張するが、右混乱の原因は労働条件の変更が集団的に行なわれたことと、これを解決する法的手段との間に現行法上の不備が存在することにあるものである。しかもかかる混乱の真の原因は被告の行なつた就業規則の変更にこそあるのであつて、被告の前記主張は自らの責任を免れるための主張というほかない。まして右就業規則の変更が違法とされた場合には他の職員との均衡を失するとの主張は、違法と判断された就業規則を是正すべき立法上の義務を意識的に回避せんとするものであり、法律軽視の態度も甚だしい。

五  再抗弁(原告ら)

被告の行なつた昭和四三年改正及び昭和四九年改正、昭和五一年改正は次の理由からいずれも無効である。

1  原告らに対する本件勤務時間変更の不利益性

(一) 原告中野のばあい

(1) 被告に勤務する労務職員の改正前勤務時間は、月曜日から金曜日までは午前九時より午後五時まで、土曜日は午前九時から正午までの週実働三八時間であつた(一般行政職員の勤務時間も同じであつた)が、原告中野の改正前勤務時間も右と始業・終業時刻を異にするだけで実働時間は同じであつた。そこで同原告が勤務時間を超過して労働した場合には、右労働に対して超過勤務手当が支払われていた。

他方、失業対策事業に従事する労務職員のうち、小倉区、八幡区及び戸畑区に勤務する失対副監督らの改正前勤務時間による週実働時間は四八時間であつて、前記労働職員のそれより一〇時間分多い。ところが週実働四八時間の労務職員も週実働三八時間の労務職員も、その支給される基本賃金額は同一であつたため、後者が三八時間を超過して更に一〇時間労働した場合に右一〇時間分の超過勤務手当が支給されることとの均衡上、前者については一〇時間分の時間差手当が支払われるよう取扱われていた。この時間差手当の算出方法は

(本俸+暫定手当)×(20/100)+1,200円+1,900円(増額分)

という数式を基本としていた。その結果、小倉・八幡・戸畑各区の相互間のバランスがとれていただけでなく、原告中野のような標準的勤務時間である週実働三八時間が勤務時間である者については、これを超過して労働した場合に限り超過勤務手当が支給されていた。そして門司区役所に勤務する労務職員との関係においても、労働力を提供すべき時間数のみが異なるだけで、基本時間あたりの労働力の価格は同一のものとして保障されていた(時間差手当は実質的な超過勤務手当であつた)。

(2) ところが昭和四三年改正により標準的勤務時間は週実働で四一時間とされ、原告中野の勤務時間も週実働で四八時間とされるに至つた。かくて原告中野は右標準的勤務時間よりみれば七時間余分に労働することになり、これについては時間差手当が、また四八時間を超える分については超過勤務手当がそれぞれ支給されることとなつたわけであるが、右の超過勤務手当については改正前勤務時間における場合と比較すると、単位時間あたりの労働力の価格が引下げられたことになる。

即ち、改正前勤務時間における標準的勤務時間は三八時間であつたので、超過勤務手当も三八時間を基礎としていた。ところが昭和四三年改正においては標準的勤務時間が四一時間とされたので、超過勤務手当も四一時間を基礎に計算されることとなつた。従つて標準的勤務時間が三時間延長された分だけ労働力の価格が引下げられたことになる(換言すると超過勤務手当の支給額が減額されたことになる)。

さらに、昭和四三年改正に伴い時間差手当の支給計算方法が

(本俸+調整手当)×(17/100)とされ従来のそれよりも減じられることとなつた。

(3) このように、原告中野は昭和四三年改正により、超過勤務手当の減額と時間差手当の減額という二重の経済的不利益を強いられたものである。なお昭和五一年改正により同原告の勤務時間は週実働で四五時間に変更されたが、その変更の不利益性については昭和四三年改正のそれと基本において変わりはない。

(二) 原告石井のばあい

(1) 原告石井の改正前勤務時間は週実働四二時間であつたが、その際の標準的勤務時間は三八時間であつたため、その差四時間分については時間差手当が支払われていた。

(2) ところが昭和四三年改正により標準的勤務時間が週実働で四一時間となり、これに伴い原告石井の勤務時間も週実働四一時間とされるに至つたため、同原告は次のような経済的損失を蒙ることになつた。即ち、

第一に、改正前勤務時間における標準的勤務時間は三八時間であつたため、原告石井が週実働で四二時間を超えて労働した場合には、右三八時間を基礎にして超過勤務手当の支給額を計算していたが、昭和四三年改正により四一時間がその基礎とされるに至つたため、超過勤務手当が減額されることになり、単位労働時間あたりの労働力の価格が低下せしめられることになつた。

第二に、改正前勤務時間(原告石井は週実働四二時間)は実質的には四時間の超過勤務であることから、時間差手当が支給されていたのが、昭和四三年改正によつて原告石井の勤務時間が標準的勤務時間と同一とされたことにより、右時間差手当が全く支給されなくなつた。

(3) このように原告石井の場合は、昭和四三年改正により、外形的には勤務時間の短縮を伴ないながら、実質的には旧来の超過勤務の削減あるいは単位労働時間あたりの労働力の価格の低下をもたらすと共に、時間差手当の消滅という経済的な労働条件の不利益変更がもたらされたものである。なお昭和四九年改正によつても右不利益変更に変わりはない。

2  原被告間の勤務時間の性質

(一) 地方公務員法(以下「地公法」という)五八条三項によると、就業規則に関する労働基準法(以下「労基法」という)八九条から九三条までの規定は、いわゆる非現業地方公務員には適用しない旨規定されている。そして非現業地方公務員の賃金、労働時間などの労働条件は、地公法二四条ないし二六条に定めがあるが、同二四条六項によると「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める」として、非現業地方公務員のいわゆる勤務条件条例決定主義を定めている。従つて自治体が非現業地方公務員のみを使用している限りにおいては、労基法八九条の就業規則を自治体が作成する必要はない。

これに対して本件原告ら労務職員(いわゆる現業地方公務員)についてみると、地公法五七条は「単純な労務に雇用される者」については特例を定める旨規定し、次いで地方公営企業労働関係法(以下「地公労法」という)附則四項によつて地公労法及び地方公営企業法(以下「地公企法」という)三七条から三九条までの規定が準用されることになつている。そして地方企法三七条から三九条までの規定は企業職員の身分の取扱いを定めたものであるが、同三九条は給与、勤務時間その他の勤務条件を定めた地公法二四条ないし二六条の規定は企業職員に適用されない旨定めている。従つて現業地方公務員についても賃金、労働時間などの労働条件は地公法の適用の外にあり、給与の種類および基準のみは条例で決定されるけれども(地公企法三八条四項)、それ以外の労働条件の決定には条例は一切関知せず、むしろ地公企法三九条一項で地公法五八条が適用除外されていることからして、現業地方公務員(もちろん企業職員も)については労基法の就業規則に関する規定が全面的に適用される。このようにして、少なくとも勤務時間の決定については、自治体と現業地方公務員の間には民間企業の労使間における労働条件決定方式がそのまま採用されているといえるのであつて、自治体も現業職員を使用する限りは労働協約の締結あるいは就業規則の作成を義務づけられるものである。

(二) 被告は、原被告間の勤務関係を「全体の奉仕者として勤務すべき公法上の特別の関係」とか「勤務条件は法令により又は地方住民の代表者たる任命権者の監督権に基づいて画一的、一方的に決定されるべき性質のもの」であると主張するが、(一)にみたとおりこれを民間の労使関係と区別する理由はない。

被告は右主張の根拠として、地公企法一〇条の定める企業管理規程制定権の例をもちだしているが、地公労法七条が賃金、勤務時間などの労働条件を団体交渉事項とし、かつ、地公企法九条一三号が管理者に労働協約締結権を与えていること等からしても、非現業地方公務員のばあいとは異なつて、勤務時間の決定に関する労使対等の原則の適用はあるのである。従つて右企業管理規程が企業活動に対する規律を確保するための純粋に技術的なものにとどまらず現業地方公務員の労働条件にまでかかわるものであるとしても、それは当然に労働条件の決定に関する労使対等の原則によつてその限界を画されているものといわねばならぬ。

(三) 以上のとおり現業地方公務員(企業職員も含めて)についての現行法体制が、地公法を敢て一部適用排除して労働法上の一般原則を採用していることに疑問の余地はない。被告の主張するような、昭和四三年改正等の数次の改正には労基法上の就業規則とは異質のものがある、従つてその一方的変更も許されるとの解釈は不当である。

3  就業規則の一方的不利益変更の可否

就業規則がその変更について特に規定することがない場合に、使用者は労基法八九条の手続きをとれば労働条件を改悪するような変更でもなしうるか。換言すると、労働者の不利益になるように変更せられた就業規則の条項も、使用者が労働者側の意見をきいて変更届をなし周知方法を講ずれば法的効力を持つに至るか。

この点、労基法八九条自体からは法的効力を承認せられるようであるが、しかし新たに就業規則を作成する場合と異なり、既に最低の労働基準が法として定立されているという事情は、何等かの意味で法理を制約するものであるといえる。即ち、労基法制定当初におけるわが国の労働組合の実情からして、労基法は使用者の一方的に作成する就業規則に法的規制を加え、これによつて経営の最低基準を定立せしめ、これを出発点としてその後の労働条件を労使対等の原理によつて向上発展させようとしたものと解される。

従つて原則としては、ひとたび法規として成立した就業規則の妥当している場合は、保護法原理の真の実現に向つてのみ使用者の一方的変更が法認せられ得ると考えざるをえない。

従つて、既存の就業規則がある場合は、これを不利益に変更する意味の改正は、労働者の同意のない限り無効であるといわなければならない。

右のとおり、就業規則は最初に作成されたものが、経営における最低の労働基準たるものとして法的効力が法認されており、その後使用者が一方的に改正しようとするものである限り、原則として労働条件の向上の方向にのみ許されるべきであると考えざるをえない。

なおまた、原告ら地公法五七条の「職員のうち単純な労務に雇用される者」は、地公労法の適用をうけ、民間企業の労働者に保障されている労働基本権中その最も重要な位置を占める団体行動権を否定されている。このような場合、使用者の就業規則による労働条件の一方的変更に対して、民間企業の労使間にみられると同様の紛争解決方式は全く期待しえないのであつて、労働条件の決定についての労使対等の原則の論理的帰結としての、労働条件の不利益変更には労働者の同意が必要との結論以上に、争議権の否認に対する代償措置としての意味における労働者の同意は絶対的に要求されるものといわなければならない。

4  本件勤務時間変更の無効性

原告らは昭和四三年改正、同四九年改正及び同五一年改正という就業規則の不利益変更を受け、その各改正後には変更後の勤務時間で就労していたが、これは背後に被告の懲戒権があつたからこそ止むを得ず従つたまでで、右不利益変更について明示、黙示の同意は行なつていない。このことは前述(四の3(二))のとおり、原告らの本訴提起に至るまでの経過によつても明らかである。

また原告らの所属する市労は、前記各変更後において当該変更に関する労働協約を締結したが、これは市労としては、いずれの変更についても労働組合としては同意するものではないとの留保付きで協約を締結していたことは、前述のとおりであつて、就業規則の不利益変更を同意ないし追認したものではなかつた。

以上の如く、本件においては、被告は原告ら労働者の同意を得ずして本来労使対等の原則のもとに労使の合意によつて決定せらるべき労働条件の一つである勤務時間を一方的に延長し、労働条件を不利益に変更したのみならず、右不利益変更に関する労使の団体交渉は他の重要な案件と合わせてわずかに四回、しかも一回当り二時間という短時間のものでしかなく、かつ、その短時間のものでさえ被告は実質的な団体拒否の態度に終始していたものであつて、到底誠実な団交応諾義務を尽くしたものとはいえなかつた。よつて本件勤務時間の不利益変更(昭和四三年改正、同四九年改正、同五一年改正)が無効であることは明らかである。

なおまた、就業規則の不利益変更について労働者の個別的な同意が不要であるとしても、右不利益変更が効力を有するためには、少なくともその変更について合理性を要するものといわなければならない。

しかるに、本件勤務時間の変更については、最も重要な理由となしうる財政上の要請(赤字解消、人件費の削減)が被告には見当らないほか、右変更によつて被告の市民サービスが特に向上したとも認められない(変更前から市民サービスの向上は認められていた)のであるから、合理性を欠く変更といわざるをえず、この点からしても本件勤務時間の変更は違法、無効である。

六  再抗弁に対する認否及び反論(被告)

1  認否

再抗弁1の(一)(1)の事実中、被告に勤務する労務職員の改正前勤務時間及び原告中野のそれが原告ら主張のとおりであつたこと、勤務時間及び原告中野のそれが原告ら主張のとおりであつたこと、勤務時間を超過したばあいには超過勤務手当が支払われていたこと、週実働三八時間の労務職員も週実働四八時間の労務職員も基本賃金額は同一であつたこと及び区によつては時間差手当が支払われていたことは認め、時間差手当の算出方法は争う。

同1の(一)(2)の事実中、昭和四三年改正により標準的勤務時間が週実働四一時間となつたこと及び昭和四三年改正に伴い、時間差手当の支給計算方法が原告ら主張の数式となつたことは認め、単位時間あたりの労働力の価格の低下は争う。

同1の(一)(3)の事実中、昭和四三年改正及び同五一年改正によつて原告中野に経済的不利益がもたらされたことは争う。

同1の(二)(1)の事実のうち、原告石井が一定額の手当を受けていたことは認めるが、同1の(二)(2)については同原告に対する経済的な労働条件の不利益変更の存在を争う。

2  反論

(一) 昭和四三年改正について

(1) 改正の必要性

被告における労務職員の改正前勤務時間の具体的実態は、同一職種でも勤務する事務所のある区によつて実働時間が異なり、あるいは始業・終業時刻も異なるなど、到底一つの市の勤務時間とは考えられない状態のものであつた。例えば、労務職員の約六六%を占める清掃事業に従事する職員の改正前勤務時間は別表(五)のとおり、週実働三八時間があり、四二時間があり、さらには四八時間があるといつた具合に全く個々バラバラであり、労務職員の約一一%を占める失業対策事業に従事する職員の改正前勤務時間も別表(六)のとおり不均衡なものであつた。また被告の労務職員の改正前勤務時間は、どの職種をとつても他の政令指定都市のそれと比較して著しく短いものであつた。

このように、被告の労務職員の改正前勤務時間はまちまちであつたにもかかわらず、その給料は週実働三八時間の者も四八時間の者も勤務時間の長短に関係なく、同一の給料表が適用されていた。そして各種手当も勤務時間同様に、旧市のまちまちの規定が暫定的に被告において適用されていたため、手当の種類・支給基準が区によつて異なるなど不統一のままであつた。とくに勤務時間と関係の深い時間差手当については、その不統一が顕著であつた。

以上の如き諸事情は、被告職員としての連帯感を阻害し、旧市意識を温存させ、不公平感をあおり、勤労意欲の低下の原因となつたばかりか、現実の人事行政、労務管理上の重大な障害となつて、職員の区相互間の人事異動を困難にさせ、そのため各区の行政需要に応じた適正な職員配置ができず、市としての統一的な業務の運営を妨げる結果となり、市政の能率的運営と市民サービスの向上を著しく阻害していた。分けても原告らの所属する清掃事業、失業対策事業の立遅れは顕著で、関係職員の勤務時間の統一が急務であつた。

加えて、被告は五市合併以来、百万都市としての機能の充実整備に膨大な行政需要を擁しながら、その財政事情は窮迫し毎年多額の実質赤字を出し、市民の環境整備は容易に進捗せず、既成の大都市に比して著しく立遅れを示すに至つていた。

かくて、被告の求めによつて、昭和四〇年七月に自治省の北九州市行財政調査(地方自治法二四五条に基づき実施)が実施され、同年一〇月に被告の行財政全般にわたつての諸問題について指摘、助言勧告がなされたが、その中で職員の勤務時間についても、週三八時間の勤務時間体制の見直し及び勤務時間の統一の必要性が指摘された。

かような次第で被告は、行財政全般の建直しと相俟つて、清掃事業の近代化、失対事業の正常化が緊急最大の課題となつたため、積極的にこれらの改革に着手したのである。その一環として、一般行政職員の勤務時間を国、他の自治体の勤務時間との均衡上合理的な限界内において改正すること及び労務職員の不統一な勤務時間の現状を是正し、一般行政職員との均衡を考慮して適切な勤務時間に改正することがどうしても必要不可欠な要件であるとの結論に達し、一般行政職員及び労務職員の勤務時間改正に踏切つたものである。

(2) 組合交渉と改正手続

被告は昭和四三年一月二三日原告らの所属する市労のほか、自治労北九州市職員労働組合(以下「市職労」という)に対し、改正前規則の改正案を提示し、この改正案について両組合と同月三〇日、二月六日、二月一三日、二月一九日に団体交渉を行つたが、組合側は絶対反対の態度を堅持し、当局の小委員会を設置して話し合いたいとの提案も受け入れず、一方的に交渉を打ち切り、妥結に至らなかつた。そして二月二二日には市長が市職労執行委員長らと、三月一三日には助役が市労執行委員長らと、三月一四日には市長が市労執行委員長らと交渉したが組合側の態度は全く変わらなかつた。

ところで原告らは、前記団体交渉はわずが四回しか行われず短時間のうえ市当局が団体交渉を拒否するなど、全く誠実団体交渉応諾義務を果たしていないと主張するが、右のとおりそれを拒否したのはむしろ組合側の方であつた。勤務時間の統一については、被告としては、合併以来毎年交渉を繰り返してきたのであつて、十分すぎるほど団体交渉を行つていた。

こうして被告は、勤務時間改正の必要性にかんがみ、やむなく就業規則の改正に着手し、同年三月二二日労基法九〇条の規定に基づき、当時の被告労務職員の多数組合である北九州市現業評議会に対して就業規則変更についての意見を求め、さらに少数組合である市労に対しても意見を求めた。現業評議会からは反対意見の文書が提出されたが、市労からはなんらの意見書も提出されなかつた。昭和四三年三月三〇日、改正前規則は北九州市規則一九号により改正(昭和四三年改正)公布され、改正前勤務時間は週実働四一時間と四八時間の二つの勤務時間に改正された(以下、改正後の勤務時間を「昭和四三年改正勤務時間」といい、改正された就業規則を「昭和四三年改正規則」という)。昭和四三年改正規則は同年四月一日から施行され、同日被告は労務職員への周知をはかるとともに、所轄労働基準監督署に対して労基法八九条所定の届出を行なつた。

(3) 改正の合理性

以上の如くしてなされた昭和四三年改正は、その結果、第一に労務職員の勤務条件が統一整備され、第二に、労務職員全般からみると勤務時間の短縮された者の方が多く、第三に、昭和四三年改正勤務時間は他の政令指定都市等の勤務時間に比して尚短かく、第四に、昭和四三年改正勤務時間は業務の実態に合致し、市民サービスの向上に寄与するなど、合理性を有するものであつた。

ところで原告中野の勤務時間については、昭和四三年改正前は月平均一〇〇時間ほどの時間外勤務が恒常的となつていた門司区の失対事業従事職員の無理な勤務状態も、右改正によつて勤務時間の統一がなされ、日曜出勤の廃止、朝夕の就労者送迎の廃止など業務改善も併せてなされた結果解消され、実質的には同原告の勤務時間も短かくなり、かつ安定的な勤務形態となつたものであるから、同原告に関して労働条件の不利益変更など存在しなかつた。また昭和四三年改正に伴い、同原告の如き週実働四八時間と定められた者については、前述の数式(給料月額及びこれに対する調整手当の月額の合計額に一〇〇分の一七を乗ずる)によつて算出した額の時間差手当が支給されることになり、給与面での配慮も十分に行なつた。この点原告らは、右時間差手当に関して、改正前の時間差手当は「(本俸+暫定手当)×一〇〇分の二〇+一二〇〇円+一九〇〇円」が支給されていたのに、改正後のそれは「(本俸+調整手当)×一〇〇分の一七」とされ改正前より減額させられたと主張するが、右原告ら主張の改正前の数式は何を根拠としているのか定かでなく、被告においてはかかる手当を支給していた事実はない。

続いて、原告らは昭和四三年改正によつて標準的勤務時間が週実働三八時間から四一時間にまで計三時間延長されることにより、その分だけ労働力の価格の低下がもたらされた旨主張するが、右標準的勤務時間の延長については、被告は昭和四三年四月一日より三・五%アツプの給与改正を実施したほか、同年七月一日からは改正後の勤務時間をもとにして七・八%アツプの給与改正を実施するなど、給与面の配慮を十分に行なつたのであり、原告ら主張の如き不利益変更はない。とくに失対事業従事職員の給与を昭和四三年改正の前後において比較すると、門司区を除く各区に勤務する職員は同年四月一日から増額しており、また門司区に勤務する職員(例えば原告中野)について時間差手当が支給されていなかつたため他区と単純に比較はできないが、仮に週実働四八時間勤務していたとして三八時間を超える時間に対して時間外勤務手当が支給されたとして計算してみると、同年四~六月にかけては給与総額が若干減少することになるが、七月一日から増額しているのであつて、この点からしても原告ら主張の如き不利益変更は存在しない。

更に原告らは被告に自動車運転手として任用されたものであり、決して被告の特定の職場のそれとして限定して任用されたものではない。従つて自動車運転手をどこの職員に配置するかは任命権者の裁量の問題であつて、仮に原告中野が昭和四三年改正前に戸畑区役所の失業対策課に配置されていたとすれば、同原告の勤務時間は当然改正前規則により戸畑区役所失業対策課自動車運転手の勤務時間すなわち週実働四八時間が適用されていたのである。このようにみると、原告中野の昭和四三年改正勤務時間が四八時間となつたからといつて特に不利益というほどのことはなく、まして原告石井については勤務時間が短縮されているのであつて、全く不利益変更はない。

また合併後の被告の赤字財政の再建を図るには、労務職員の勤務時間の統一化が是非とも必要で、昭和四三年改正はかかる目的を十分に満足させる内容のものであつた。

以上のとおり、昭和四三年改正は、改正に至る経過、改正の必要性、改正手続き、改正内容など、あらゆる面からみて全く合理性を有するものであり、しかも大多数の労務職員に対して何らの不利益をもたらすものではなかつた。

(二) 昭和四三年以降の改正について

昭和四三年改正以後、被告において職員の勤務時間に関する改正を行なつたのは三回あるが、その内容については前述(三の2)のとおりである。そして昭和四九年改正は原告石井の所属する清掃関係職場のかねてからの強い要望であつた清掃関係職員の土曜半どん制を実施するため、市民サービスの水準(じん芥週二回収集・し尿二〇日一巡)を保持し、週実働四一時間を変えることなく勤務時間の割り振りと休憩時間の変更を行なつたものであり、昭和五一年改正は原告中野の従事している失対事業就労者の就労時間が労働省の通達により変更されたことに伴う勤務時間の変更であつた。両改正とも原告らの所属する市労と被告との間で確認書がとりかわされ、労働協約が締結されている。

右のとおり、両改正とも職員の勤務条件の改善あるいは職務上の必要性からなされており、改正内容も職員にとつて何らの不利益変更にもなるものではなく、全く合理性を有しているものである。

(三) 原被告間の勤務関係の性質

地公法五七条の「職員のうち単純な労務に雇用される者」(原告ら労務職員はこれに該当する)は、その労働関係において地公労法の準用を受けるけれども、一般職の地方公務員であることに変わりはなく、普通地方公共団体の行なう公共事務、行政事務の特質により、その勤務関係は私企業に雇用される労働者とは全く異なつており、単に雇用契約に基づいて労務を提供し賃金を受領する関係に尽きるものではない。労務職員も地方自治の本旨に基づく普通地方公共団体の公共目的達成のため、全体の奉仕者として勤務すべき公法上特別の関係にあるものである。

労務職員には地公労法が準用され、その労働関係についてある程度私法的当事者の自治に委ねられ、一般行政職員と異なる取扱いになつているけれども、これによつて労務職員の勤務関係の特性、本質が変化せしめられるものではない。その勤務関係は地公法、地公企法及びこれらの法令に基づく条例、規則によつて明文上の根拠を定められているところの公法上の特別関係であることに変わりはない。労務職員の任命が当該個人の同意を前提とする行政行為であることは、公務員関係に入ることについて地方公共団体と当該個人の意思の合致が必要であるというにとどまり、勤務の諸条件やその内容まで両者の意思の合致で定めるというような私法的な契約自由の原則が存在していものではない。

また、労務職員の集団的労働関係において地公労法の準用があるからといつて、その勤務条件がすべて労働協約によつて定められているわけでもなく、また長が勤務条件を労働協約によつて定めるべき義務を負担しているものでもない、労務職員の任用行為は当該職員の同意を要するけれども公法上の行政処分であつて、私法的労働契約の締結と解することはできない。労務職員はその勤務条件について私企業労働者とは法律的に異なる取扱いを受け、勤務条件は法令により又は地方住民の代表者たる任命権者の監督権に基づいて画一的、一方的に決定されるべき性質のものである。そして任用後における労務職員の勤務条件の変更も、全て当事者の合意に委ねられているものではなく、個別的なその同意まで要するものではない。それは法令、条例、規則に基づく任命権者の指揮監督権の行使により画一的、一方的に決定されるべき性質のものである。

(四) 普通地方公共団体の定める就業規則の法規範性

普通地方公共団体はその執行機関の補助機関として「吏員その他の職員」を置くとされており、その任命権者は普通地方公共団体の長とされている(地方自治法-以下「地自法」という-一七二条二項、三項)。労務職員が右の「吏員その他の職員」にあたることは勿論である。

地自法一五四条は長の補助職員に対する指揮監督権を規定している。その指揮監督は補助職員に対する職務上のみならず、身分上の一切の指揮監督をいう。普通地方公共団体の長は地域住民の直接選挙による民主的方法により就任するものであり(地自法一七条、公職選挙法一条、二条)、当該地方公共団体の公共事務、行政事務を管理し執行する広範な権限を有する(地自法一四八条)ので、過料を科する制裁規定を含む規則を制定する権限を与えられている(地自法一五条一項)。そして長は、直接住民に関する事項だけでなく、団体の内部的な組織及び運営に関する規則を制定することもでき、その一つとして補助部局所属の労務職員に対してその勤務条件を画一的に定めるため規則を制定することもできるものである。

原告らの勤務時間を定めた改正規則は、以上述べたところに従い市長が制定したものであり、労基法により作成が義務づけられている就業規則としての一面も有してはいるが、私企業において作成を義務づけられる就業規則の概念によつてすべて律せられるものではない。従つて労働条件の定めのある労基法上の就業規則の法律的性質に関する最高裁大法廷昭和四三年一二月二五日言渡しのいわゆる秋北バス事件判決の要旨は、地方公務員である労務職員の勤務条件に関する定めのある規則について直ちに妥当するものとはいえない。

労務職員の勤務条件を定めた規則は国の法律に直接の根拠を有する法規であつて、組織内部に関するものであつても法規範そのものである。決して社会的規範あるいは事実たる慣習を媒介として認められる法的規範といつた程度のものではない。労務職員の勤務条件に関する定めをしている規則が労基法上の就業規則としての一面をもつていることの意義は、憲法二七条二項により労働条件の最低基準が労基法により法定されているので、国が後見的立場に立ち、普通地方公共団体に勤務する労務職員の勤務条件が労基法に定める労働条件の最低基準を下回らないよう規制するため監督的役割を果たすことにあり、国の監督機能を保障することにあるといわなければならない。

原告らは、原告らの勤務条件に関する定めのある規則を労基法上の就業規則として私法的側面のみを捉えその公法的側面を全く捨象し無視しているが、かかる理解は明らかに誤りである。労基法上、就業規則に法規範性を与える規定は全く存しない。労基法九三条は就業規則の効力を規定したにとどまり、その性格を規定したものではなく、同条によつて就業規則の法規範性が創設されたとみることはできない。

以上のとおり、普通地方公共団体の長が地自法一五条の規定に基づいて定める就業規則は、地自法に根拠を持つ法規であり、組織内部に関するものであつても法規範性を有するものである。労基法上の就業規則は事実たる慣習を媒介として初めて法規範性が認められるものであり、両者はその本質を同じくするものではない。

(五) 本件勤務時間変更の有効性

前記(三)で述べたように、労務職員は公法上の特別関係にあり、その勤務条件について私企業労働者とは法律的に異なる取扱いを受け、地公労法によつて労働協約事項とされるもので労働規約によつて定められた事項以外の勤務条件の決定・変更は、法令により又は任命権者の監督権に基づいて、市長が画一的、一方的に行いうるのであり、かようにして勤務条件を定めた就業規則は法律に直接根拠を有する法規であるから、労務職員の全てに適用されるのである。

従つて、昭和四三年、四九年及び五一年の各改正規則も当然に原告らに適用され、改正後の各勤務時間が原告らの勤務時間となつたものである。

また、就業規則の一方的な不利益変更も当該条項が合理的なものである限り、個々の労働者の同意を必要とするものでないとの前提に立つても、本件のばあい、昭和四三年改正は既述のとおり全く合理性のあるものであり、たとえ一部の労務職員に若干の給与上の不利益が及んだとしても、それは受忍さるべき程度のものであり、これに同意しないことを理由にその適用を拒否することは許されない。まして、その後の改正は労務職員に何らの不利益をも課するものではなく、むしろ職員の要望・利益に沿つた改正であり、しかも市労と合意のうえ行なわれたものであつて、これに原告らが同意しないことをもつてその適用の拒否をすることは許されないところである。

以上、いずれの理由によつても昭和四三年改正規則、同四九年改正規則及び同五一年改正規則は有効である。

第三証拠関係 <省略>

理由

一  原告らは、本訴において昭和三九年五月二五日規則第九六号(改正前規則)が現に効力を有するものとし、その定める勤務時間に基き、原告らが別紙(一)又は(二)に定める勤務時間数を超えては、当然には就労義務を負わないことの確認を求めているものと解される。

そうして、本件は、双方の主張、立証にてらすと、まさに右改正前規則が現に効力を有するか否か、また昭和四三年改正の効力如何が紛争の核心をなすものであるから、便宜その間の関係をまず判断する。

二  改正前就業規則との改正について

1  原告らが被告に勤務する自動車運転手たる職員(労務職員)であること、原告らの被告における昭和四三年改正に至るまでの改正前勤務時間が別表(二)のとおりであつたこと、その後更に就業規則の改正が行われて昭和四三年改正、昭和四九年改正及び昭和五一年改正の各内容が抗弁三の2に記載のとおりであつたこと、原告らの本訴提起が昭和四三年改正時から約三年八月経過していること、その間原告らが昭和四三年改正後の勤務時間に従つて勤務してきたことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  まず原告らは、地公法五七条に規定するいわゆる単純労務職員たる現業地方公務員であると認められるところ、これと被告である地方公共団体との勤務関係の性質は、その任用、分限及び懲戒等の身分取扱いについて地公法の適用をみるものであるから、行政不服審査法の適用がない(地公労法附則四項、地公企法三九条一項)ことをもつて、民間労使間の関係と同様の私法関係であるということはできない。しかし他方、賃金、勤務時間等の勤務条件については、全面的に地公法(二四条ないし二六条)の適用があり勤務条件条例決定主義がとられている非現業地方公務員と異なり、労務職員たる現業地方公務員には地公労法及び地公企法三七条ないし三九条が準用(地公法五七条、地公労法附則四項)され右地公法二四条ないし二六条の適用がなく(地公企法三九条)、ただ給与の種類と基準のみが条例で決定されなければならないとされている(地公企法三八条四項)ことからすれば、その他の勤務条件、特に勤務時間については条例決定主義がとられているものとは考えられない。むしろ労務職員たる現業地方公務員については、地公労法附則四項、地公企法三九条一項で就業規則に関する労基法八九条ないし九三条の適用除外を定める地公法五八条が適用除外され、また一七条を除く地公労法が準用されていることからすれば、現業地方公務員の勤務時間については民間労使間におけると同様、労働協約や就業規則によつて規律しようとするのが法の趣旨であると解するのが相当である。

もとよりそのように解するからといつて、現業地方公務員の地方公共団体における勤務関係を全てにわたつて民間労使間のそれと同一視するものではなく、そこには公務労働者としての職務の公共性ないし前述の如き公法関係として取扱う法の趣旨からくる差異を認めざるを得ないのは当然である。

以上を前提にして現業地方公務員の労働条件を定める就業規則の一方的な不利益変更の可否について検討するに、現業地方公務員のばあいでも民間労働者のばあいにおけると同様、一旦就業規則で定められた労働条件の内容は十分に尊重されるべきであるから、現業地方公務員の地方公共団体における勤務関係が公法関係であるとの一事をもつて当局による労働条件(を定める就業規則)の一方的な不利益変更を是認しうるものではない。しかしながら、当該地方公共団体の行政事情、特に職員の労働条件変更の必要性・緊急性、変更内容(不利益性)の程度、団体交渉の経緯等の諸事情によつては、一方的な不利益変更を有効視できるだけの合理性が認められる場合も考えられる。もちろんその際の合理性の判断については特に慎重を期すべきであつて安易にこれを容認するわけにはいかないが、反面現業地方公務員にあつてはいかに変更の必要性、合理性の程度が高くても職員の同意がない限り一切就業規定に定めた労働条件のいわゆる不利益変更は許されないと解さなければならないわけではない。

このことは、原告らの現業職員については、原告ら主張の如く労働時間等の労働条件を団体交渉の対象とすること、これにつき協約を締結することが法律上認められ労働条件の対等決定の趣旨が肯認されている反面、分限等地公法上の身分保障をうけ、公務運営上必要やむを得ない労働条件の変更に合意しないからといつて直ちに当該職員を罷免して代替労働者を採用したり、その他不利益処分を課したりすることはできない点を考慮すると、長期にわたる継続的勤務関係を維持しつつ業務を円滑に運営してゆくためのやむなきを得ない要請でもあると解される。

3  そうして、前記争いのない事実の一部に<証拠省略>を総合すると、以下の事実が認められる。即ち

(一)  門司市、小倉市、戸畑市、八幡市、若松市の旧北九州五市は昭和三八年に合併して被告北九州市が新たに発足した。その際旧五市の職員はそのまま新市の職員とされ、その勤務条件、例えば勤務時間については旧各市時代のものがそのまま新市における勤務時間として継続され、殊に清掃事業、失対事業等に従事する労務職員の勤務時間については旧各市で独自に定められ不統一であつたために、被告北九州市としては統一した勤務時間体制をもつものとは到底いえなかつた。このような一つの市のなかにおける各職員の勤務時間の不統一は、職員に旧五市意識を温存させることになり、ひいては行政能率の向上や適切な人事配置の異動をすこぶる困難にさせるものであつたことは十分に推認できる。そこで被告市としても職員の勤務時間の統一化を試みたが、ほぼ旧各市で似かよつた勤務時間を持つていた非現業職員についてはともかく(条例により平日は午前九時から午後五時まで、土曜日は午前九時から正午までの週実働三八時間体制がとられた。)、前述のとおり勤務時間が不統一であつた労務職員については、組合側は非現業職同様週実働三八時間を主張し、被告は職務内容のちがいからこれを不可能としてその統一化も難かしく、結局昭和三九年五月二五日に施行された北九州市労務職員就業規則(改正前規則)は、それまでの旧各市で個々的に適用されていた労務職員の勤務時間をそのまま被告市としても追認するというだけの意義にとどまる内容のものであつた。

(二)  右の改正前規則によると、労務職員のいわゆる標準的勤務時間は月曜日から金曜日までが午前九時から午後五時まで、土曜日が午前九時から正午までの週実働三八時間とされ(一一条一項)、この点では非現業職員の標準的勤務時間と同一にされたが、前記の如きいきさつから「勤務の性質により前項の規定により難い業務に従事する労務職員については」別個に勤務時間の定めをおくものとし(同条二項)、労務職員の大半を占める失対事業職員、清掃事業職員については別表(五)、(六)のとおり(但し門司区役所失対副監督は一項適用職種)となつていた。

そうしてこの間の不統一を給与面で調整するため、規則所定の実働時間が標準的勤務時間を超えている職場の多くについていわゆる時間差手当が設けられ、また名目は何であれ、各種特別手当が設定されてこれも一部調整機能をはたしていたわけであつたが、この面でも不統一はあり、たとえば戸畑区の清掃職員については、実働勤務時間が右の標準的勤務時間を超えていたにもかかわらず、時間差手当ないし実質的にこれを調整する手当は定められていなかつた。

当時原告中野は門司区管財課に所属し失対事業に従事する自動車運転手としての職種に、また原告石井は本庁清掃事業局八幡東清掃事務所に所属し自動車運転手の職種にそれぞれ就いていた。そうして、両名の当時の勤務時間(改正前勤務時間)は別表(二)のとおりであつた。

そこで右両名の手当関係をみてみると、原告中野は週実働三八時間でその時間差を調整する必要はなく時間差手当はなかつたが、原告石井については、「一週間の勤務時間が実働四二時間に定められた」「八幡区の区域に存する勤務公署に勤務する職員」として、給与の月額に応じて月額一五〇〇円から三七〇〇円までの間で定められた定額の勤務手当が支給されていた。ちなみに、八幡区の区域に存する勤務公署に勤務する職員でも一週間の勤務時間が実働四八時間に定められた者(別表(六)参照)については、より割高な勤務手当が支給されていた(単純な労務に雇用される北九州市職員の特殊勤務手当に関する規則(昭和四三年三月三〇日規則一六号による改正前)参照)。

(三)  昭和四〇年七月に自治省の北九州市行財政調査(地自法二四五条参照)が実施され、同年一〇月にその勧告がなされるに至つた。同勧告内容によると、勤務時間については、被告市の勤務時間が不統一であり他の公共団体のそれと較べて極めて短いものになつていること及び単純労務職員の勤務時間が職種によつて大きな格差が認められること等が指摘され、週実働三八時間体制の、国や他の地方公共団体との均衡・民間企業の現状・財政事情等の観点からする見直し及び労務職員の勤務時間の統一などが早急に検討すべき問題点として示された。

この勧告を受けて当時の吉田法晴市長は被告市の行財政の合理化に乗り出し、職員の勤務時間、諸手当の統一や給料表の非現業と現業との分離等をはかるべく市労や市職労(現業部門は現業評議会)等の労務職員の組合と話し合つたが、結論を得ないまま昭和四二年三月谷伍平市長と交替した。同市長は同年の秋ごろから労務職員の勤務時間の統一を含む被告市の行財政の合理化を前記勧告にそつて新たに推進することとし、同年一二月二六日に組合に対し労働条件変更の事前通知をなすとともに従前の組合との各種労働条件に関する諸確認書に基く確認を翌四三年三月三一日限りで解約する旨の破棄通知を行ない(労組法一五条三項)、更に昭和四三年一月に特殊勤務手当の整理統合及び勤務時間の延長を骨子とする就業規則の改正案を市労、市職労及び市職(自治労北九州市職員組合)等の組合に内示し、市労については一月三〇日、二月六日、二月一三日、二月一五日と団体交渉をもつた。この団交では、当局側は前記改正案に続いて給料表の非現業、現業の分離、旅費改正案等の合理化案を次々に提示してきたため、市労のばあい一回あたり約二時間の交渉時間で全改正案を検討するのに時間的に十分ではなかつたといえなくもないが、勤務時間の改正案については、骨子となつたのが標準的勤務時間の延長(実働三八時間を同四一時間へ)であつたため、これに関する市労と被告側の対立に妥協の余地のないことが右団交の中で十分明らかとなつていたということはいえる。

こうして市労は、標準的勤務時間の延長を内容とする今回の就業規則の変更は被告による一方的な労働条件の不利益変更になると捉えてこれに同意しなかつたが、被告は、昭和四三年三月三〇日、労務職員の特殊勤務手当に関する規則とともに、勤務時間に関する労務職員就業規則の改正を断行し(昭和四三年改正)、労務職員の標準的勤務時間を原則として週実働で四一時間、失対事業に従事する職員等一部例外的な業種だけを週実働で四八時間(昭和四三年改正勤務時間)とする内容の新規則(昭和四三年改正規則)を翌四月一日から施行するに至つた(同日に労働基準監督署に届出)。その結果、原告らの勤務時間も別表(三)のとおりとなつた。

他方、市労はこの昭和四三年改正に対して組合として反対するために、同年内に早速その改正の効力を訴訟上争う目的で原告ら主張の如く組合員を原告として訴えを提起し、以後市労としてのこの反対の態度は当事者の変更に伴う訴えの取下げなどを経ながら、本件訴えにまで継続されている。

(四)  右昭和四三年改正について被告は、当時の一般職員(非現業職員)の標準的勤務時間が週実働で三八時間と政令指定都市の中にあつて最も短いものであり、他の都市では概ね週実働四一時間前後であつたこと、被告市内の主要民間企業の標準的勤務時間についても最も短いもので週実働四一時間前後であつたこと、これに対し職員の平均賃金額は政令指定都市及び民間企業の中で必ずしも低くはなかつたこと、被告市の労務職員の勤務時間が旧各市(各区)によつてかなりの格差があり、そのために種々の特殊勤務手当(特に時間差手当)を設けておかなければならず、加えて清掃事業、失対事業についても必ずしも行政能率が上がつていたとはいえなかつたこと等の理由から一般職員及び労務職員の標準的勤務時間を三時間延長するだけの必要性は十分にあるものと判断して週実働で四一時間と定めた。

ちなみに、行政能率の点にふれておくと、まず清掃関係について市民サービスを向上させるため、被告市は、昭和四二年一一月頃から新作業計画を立案する準備をはじめ、終局的には昭和四四年四月にごみについては週二回どり、し尿については二〇日間一巡の作業方式を発足させたが(完全実施にはさらに約一年半を要した)、そのためには作業手段の機械化、ポリ容器方式による市民の協力等のほかこれにあわせた各区間の職員の配置換えを必要とし、それらの基盤をつくるためにも勤務時間の統一は望ましいことであつた。また、失対事業の関係では、昭和四二年六月二三日付、同年一二月一九日付各労働省職業安定局長の被告市長に対する「失業対策事業の監査結果について」と題する書面により、一部に就労者の就労時間が極端に少い現場があること(たとえば実就労時間二時間前後)や運営管理規則に基かない職場離脱の許容等が指摘され、国庫補助金の不当支出であるとして改善を求められていた。そうしてこれらの是正のためにもまず関係職員の勤務時間を北九州市失業対策事業運営管理規則に定められた就労者の労働時間(午前八時から午後四時四五分まで、休憩時間を含む)にあわせて統一することが望まれた。この改正の結果、原告中野については従前週三八時間をこえて四八時間まで労働した場合に支給されていた超過勤務手当の支給額が標準的勤務時間を三時間延長した分だけ減少され(なお同原告につき時間差手当の計算方法が変更され、従前よりその支給額が減額したとの事実は、昭和四三年改正前の時間差手当の計算方法が原告主張のとおり〔(本俸+調整手当)×一〇〇分の二〇+一二〇〇+一九〇〇〕円であることについて立証不十分のため、これを認めることができない。)また原告石井についてもその勤務時間数が週実働で四二時間から四一時間へと一時間分だけ減少しながら、右と同様の理により週三八時間を基準として計算されていた超過勤務手当の支給額が週四一時間を基準として計算されることになつた結果単位労働時間あたりの労働価格が減少したことに伴い減少し、かつ、従前支給されていた前記のいわゆる時間差手当が支給されなくなるという不利益が生じた。しかし反面、被告に勤務する労務職員の就業規則上の勤務時間は延長された者も短縮された者(従前が週実働で四一時間以上の勤務時間であつた者)も生じたが、全体としては延長された者の方が多くなつたとは必ずしもいえず、しかも昭和四二年度の人事委員会のベースアツプの勧告がなかつたにもかかわらず、被告は国や民間のベースアツプ実施の事実ないし勤務時間の延長という実態にかんがみ、職員の給与を昭和四三年四月一日より平均で三・五%ベースアツプした。また延長後の労務職員の勤務時間数を他の政令指定都市と較べてみても、未だ長い方とはいえず、しかも清掃事業、失対事業等については各区における勤務時間が統一されたことにより、前記(一)に記載の如き不都合の原因は解消したこととなつた。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

さて右の認定事実によると、昭和四三年改正は合併を契機に被告市に生じた労務職員の勤務時間の不統一という特殊事情を原因とする行政能率の悪化、人事異動の困難さ等の現象を排除し、一つの市としてのまとまりのある能率的な行政運営ないし市民サービスの向上を目途として行なわれたものであり、労務職員としてはあるいは直接に勤務時間が延長され、あるいは勤務時間そのものは短縮されたが、超勤手当算出の基礎となる標準的勤務時間の延長により、経済的な不利益を蒙むる結果も生じたが、被告市としても勤務時間の延長を必要最少限にとどめ、しかもベースアツプなどによつて極力経済的不利益を回復させる手段を講じていたこと及び改正内容についても被告と同規模の他の都市、国、民間企業等の労働条件を参考にして、その平均的水準のものにまで変更したにすぎないこと等が指摘できるのである。なお改正の際の団体交渉については、前記認定によれば、団交時間が不足していたというよりも勤務時間に関して市労と市当局間に基本的な対立(三八時間体制と四一時間体制)があつて妥協の余地のないことが明らかとなつていたと推認されるものであり、以上にみた就業規則変更の必要性、とくに被告の合併に基づく勤務時間統一の必要性・緊急性を考慮に容れると、本件においては、被告側が十分な団交義務を尽さなかつたとまでは断定しえないものである。

以上によれば、本件の昭和四三年改正は五市合併という止むを得ざる特別な事態を背景に行なわれたものであつて、その合理性も十分にこれを認めることができるものというべきである。

よつて右昭和四三年改正は、市労もしくは原告らを含む個個の被適用職員らの同意がないにも拘らず有効であつたと解するのが相当である。

三  被告は、原告石井の本訴請求が、昭和四三年改正の結果週実働四一時間と、改正前規則より短縮されている点をとらえて、確認の利益を欠くと主張するが、前記の如く同原告の労働条件は、標準的勤務時間の延長と超勤手当算出基礎の変更等が相互に関連しているものであつて、単に週実働時間数が一時間減少したからといつて、直ちに確認の利益を欠くとするのは相当でない。

次に被告は、原告らは昭和四九年改正及び昭和五一年改正の各無効を主張しないので主張自体失当である旨主張するが、原告らの準備書面(昭和五二年六月一四日付準備書面の第一の五項)によると、原告らは昭和四三年改正の無効のみならず昭和四九年改正及び昭和五一年改正の各無効の主張もしているものと解することができる。更に、本件のような場合に右昭和四九年及び五一年の改正の各無効を主張しないことが、原告らにつき主張自体理由がないといえるためには、双方の主張・立証責任から判断すると、原告らが改正前就業規則に基く請求をしながらその請求の基礎となつた改正前就業規則が右各改正により変更されていることを自認する主張をしている場合であるところ、本件についてはそのような事実関係はないのであるから(関係事実摘示参照)この点でも被告の主張は採用できない。

次に被告は、昭和四九年改正、昭和五一年改正に際して市労と被告の間で合意がなされ改正内容にそつた労働協約が締結されているので、市労の組合員である原告らには本訴請求の確認の利益を欠く旨主張する。しかし、その主張するところのみでは、直ちに確認の利益の問題として検討するに足らず、しかも後述のとおり、右の合意ないし協約は留保付きのものであるから、被告の前記主張は理由がない。

被告は、また原告らの本訴請求の真意が諸手当の差額請求にあつたとしてもそのことから直ちに本訴請求の確認の利益が認められるものではない旨主張するが、本訴における原告らの請求は、前記の通り(判決理由一参照)であつて、この訴訟の結果を前提として原告らが更に給付請求を為す意図を有しているかどうかは別として、右改正前就業規則の効力につき争いがある以上、本件請求の確認の利益は肯認されるべきものと解するのが相当である。

更に被告は、原告らの本訴請求は訴権の恣意的行使である旨主張する。

よつて検討するに、前記争いのない事実の一部に<証拠省略>によると、前記昭和四九年改正及び昭和五年改正に際していずれも市労執行委員長(昭和四九年当時は、昭三、昭和五一年当時は原告中野)と被告市長谷伍平との間で勤務時間の変更に関する合意(確認書)が取り交され、同時に市労は被告に対して、昭和四三年改正は法廷で係争中でありこれを承認するものではないが、右四九年、五一年改正後の現行勤務時間(別表(四))については当面の措置として合意のうえ実施することを認める旨の留保付の意見を表示していたことが認められる。そうだとすると、原告らもその個別の勤務関係において同旨の取扱いを了承していたものと推認され、これによれば昭和四三年改正の効力は争い、なお改正前就業規則の適用があることを基本的に主張し続けるが、自力救済的行動にはしることは避ける。そうして継続的勤務関係にてらし、一応「当面の措置」として昭和四九年、同五一年改正の就業規則に従つて就労する。しかし、これはあくまで「当面の措置」であつて、本訴の結果、昭和四三年改正の効力が否定された場合は、改めて昭和四九年、同五一年改正の効力も問題とし、昭和四三年改正の効力が否定された趣旨に則つた労働条件の獲得のため、組合を通じて裁判上、裁判外の活動を行うという意図があつたものと推認される。原告らが、本訴を維持して来た事情が、右の如く認められる以上、直ちに訴権の恣意的行使と非難することはできず、この点に関する被告の主張は採用できない。

四  以上の如く本訴請求は、確認の利益はこれを首肯すべきものであるが、原告らがその勤務時間確認請求(これを超える就労義務は当然には存しないことの確認請求)の基礎として主張する改正前就業規則の規定は、昭和四三年改正により効力を失つているものと認められ、この点において原告らの本訴請求は理由がない。

よつて、本訴請求は棄却を免れず、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民事訴訟法八九条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡野重信 中根興志博 榎下義康)

別表(一)

原告中野

一週のうち月曜日から金曜日までは午前九時から午後五時まで、土曜日は午前九時から正午までの、休憩時間を除く週実働三八時間。

原告石井

一週を通じ月曜日から土曜日まで午前八時から午後四時までの休憩時間を週実働四二時間。

別表(二) 改正前勤務時間

原告中野

一週のうち月曜日から金曜日までは午前八時から午後四時まで、土曜日は午前八時から午後一一時までの、休憩時間を除く週実働三八時間。

原告石井

一週を通じ月曜日から土曜日まで午前八時から午後四時までの、休憩時間を除く週実働四二時間。

別表(三) 昭和四三年改正勤務時間

原告中野

一週を通じ月曜日から土曜日まで午前八時から午後五時までの、休憩時間を除く週実働四一時間。

原告石井

一週を通じ月曜日から土曜日まで午前八時から午後三時五〇分までの、休憩時間を除く週実働四一時間。

別表(四) 現行勤務時間

原告中野

一週を通じ月曜日から土曜日まで午前八時三〇分から午後四時四五分までの、休憩時間を除く週実働四五時間。

原告石井

一週のうち月曜日から金曜日までは午前八時から午後四時〇五分まで、土曜日は午前八時から午後〇時二〇分までの、休憩時間を除く週実働四一時間。

別表(五) 清掃事務所に勤務する労務職員の改正前勤務時間

事務所の所在する区

職種名

拘束時間

(時間)

実働時間

(時間)

勤務時間

休憩時間

区分

始業時刻

終業時刻

門司

清掃作業員

四三

三八

月~金

八、〇〇

一六、〇〇

一二、〇〇~一三、〇〇

自動車運転手

八、〇〇

一一、〇〇

小倉

清掃作業員

四八

四二

月~土

八、〇〇

一六、〇〇

勤務時間中に一時間

自動車運転手

五四

四八

月~土

七、三〇

一六、三〇

若松

清掃作業員

四三

三八

月~金

七、三〇

一五、三〇

一二、〇〇~一三、〇〇

自動車運転手

七、三〇

一〇、三〇

八幡

右同

四八

四二

月~土

八、〇〇

一六、〇〇

一二、〇〇~一三、〇〇

戸畑

右同

四八

四二

月~土

八、〇〇

一六、〇〇

一二、〇〇~一三、〇〇

別表(六) 失業対策事業に従事する労務職員の改正前勤務時間

区役所

職種名

拘束時間

(時間)

実働時間

(時間)

勤務時間

休憩時間

区分

始業時刻

終業時刻

門司

失対副監督

四三

三八

月~金

九、〇〇

一七、〇〇

一二、〇〇~一三、〇〇

九、〇〇

一二、〇〇

自動車運転手

四三

三八

月~金

八、〇〇

一六、〇〇

一二、〇〇~一三、〇〇

八、〇〇

一一、〇〇

小倉

失対副監督

バス運転手

五四

四八

月~土

七、三〇

一六、三〇

勤務時間中に一時間

トラツク運転手

四八

四二

月~土

八、〇〇

一六、〇〇

ジープ運転手

月~土

九、〇〇

一七、〇〇

若松

失対副監督

自動車運転手

四八

四二

月~土

八、〇〇

一六、〇〇

一二、〇〇~一三、〇〇

八幡

右同

五四

四八

月~土

七、三〇

一六、三〇

一二、〇〇~一三、〇〇

戸畑

右同

五四

四八

月~土

八、〇〇

一七、〇〇

一一、三〇~一二、三〇

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